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総もくじ  3kaku_s_L.png ファンタジー
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「ファンタジー」
春を待つ花

春を待つ花

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読む人への注意事項
・改行少なめ、会話文多め。少々説明口調。

・櫻と桜とヒトの物語。櫻の読み方を変えると面白いかも。
・やっぱりファンタジー。

それでは、気になる方は続きからお楽しみくださいませ。





『大丈夫?』
 柔らかい声音に顔をあげると、なんとも言えない顔をしたヒトの子がこちらを覗き込んでいた。
「……お前は、私を見るのだね」
 そう言うと、ヒトの子は不思議そうに首をかしげた。
『だって、自然に視界に入ってきてしまうんだもの』
 私がここにいることが当然のように、当たり前のように言う。
『あなた、怪我をしているのね』
「大したことはない、放っておけばじき治る」
『ダメよ。こんなに血が滲んで痛そうだもの』
 私の隣のすっとしゃがんだヒトの子は、腕に布をくるくると巻いていく。そんなヒトの子の後ろを、同じ年くらいの子らが少し早足に歩いていった。
「ほら、私なんかに構うから、お前の仲間が不気味がっているぞ?」
 きゅっと布を巻き終えた彼女は、なんでもないことのように微笑んだ。
『いいの、変わり者だってみんな分かってるから』
 分かってて関わってくれる人だけと一緒にいるから。そう続けた彼女の笑みは、私にはどこかぎこちなく見えた。
『これでもう大丈夫。……それじゃあね』
 すくっと立ち上がった彼女は、その顔に笑みを貼り付けたまま手を振って去っていった。



 木々がさわさわと風に揺れる音に、ヒトの声を思い出す。
「……まるで、風の流れに身を任せた葉のようだったな」
 優しい声音と借り物のような笑顔を思い出しながら、木々の間から降り注ぐ陽の光の眩しさに口元が綻んだ。いつ振りだっただろうか、私がヒトの子の瞳に映ったのは。
 逞しい幹に身をゆだねて、瞼を閉じる。暗闇の中、時々チカチカと輝く光に、懐かしい記憶を呼び覚ましてしまいそうで、ゆっくりと瞼を押し上げる。
「もう、いないのに」
 ヒトは脆い。すぐに消えていなくなってしまう。そしていつも、何度も、私だけが残される。何気なしに触れた右腕には、今はもう何もない。思い出だけを押し付けて、想いだけを残して、何度も何度も独りへ帰る。
「だのにどうして、触れ合いたいと思うのだろう」
「だっ、誰かいるの?」
 零れ落ちた言葉に、思わぬ返事が返ってきた。空を見上げていた視線をゆっくりと下ろしてみれば、すぐ傍の茂みから、黒い頭が見え隠れしている。
「何を、している?」
「!!」
 ピョコッと黒い頭は茂みから飛び出すと、まっすぐに私を見つめた。そして、顔を輝かせる。
 あぁまた、ヒトと関わってしまう。他の連中と同じように無視をすればいいのに、どうして私は関わろうとしてしまうのだ。
「よ、よかった!」
 頭に葉を乗せたままのヒトの子は、少しよれたカバンと取り落としそうになりながら駆け寄ってきた。
 私の目の前あたりまでくると、不思議な格好で動きを止めた。何かを思い出したように、片手を忙しなくパタパタさせ、服に付いた葉や土埃を落とす。
 ずり落ちかけているメガネをかけ直したヒトの子とやっと目が合ったので、「どうした?」という風に首をかしげると、ビシッと背筋を伸ばして話し始めた。
「あっあの! あたし、こっちに越して来たばかりで、まだ道が良く分かってなくて……」
 徐々に頼りなく小さくなる声にあわせて、伸ばした背筋もしょんぼりと曲がっていく。
「迷ってこんな森の奥まで来たのか」
「えっ、そ、そんな奥まで来ちゃってたんですか?」
「あぁ」
 ごく稀に山の中腹あたりにある神社へお参りするためにヒトが通ることはあるが、ヒトのための道と大きく離れたこんなところに来る者なんていない。……今日は来たが、いつもはいない。
「あ、あのぅ……」
 ヒトの子がおずおずと声をかけてきた。
「なんだ」
「えっと、その、そんなに見つめられると……。あっ、まだ何かついてます!?」
 またメガネがずり落ちるんじゃないかと思うくらいの勢いで、身だしなみを確認しだす。
「いや、付いてないぞ」
「そ、そうですか」
 目線をあっちこっちに泳がせて、なんとも忙しない。じぃっと眺めていると、ヒトの子はカバンで顔を覆いながら話し始めた。
「そそそそその、あんまり目をまっすぐに見られると恥ずかしいので……」
「あぁ、そういうことか」
 ヒトと言葉を交わすこと自体が久しぶりで、どう接してきたかなんてとっくのとうに忘れてしまっていた。
「すまないな、ヒトと話すのは久しぶりなんだ」
「へ?」
 素っ頓狂な声を上げて、ヒトの子はカバンの陰から顔を覗かせた。
「私はヒトではないよ」
「……はい?」
 このヒトの子の行動からなんとなく察していたが、やはり私をヒトだと思って話していたか。
 立ち上がり、ヒトの子が振り落とした葉を拾いあげる。その葉を右手で握りつぶさないように優しく握って念を送り、ゆっくり指を解いていくと、葉の蝶がヒラヒラと翼を広げた。
「わぁ、ど、どんな手品ですか!」
「テジナ?」
 聞いたことのない言葉を繰り返して首をかしげると、キラキラした瞳が私を見つめていた。
「わぁ、マジシャンだったんですね!」
「まじしゃん……?」
 また知らない言葉だ。しかし、何かと勘違いされていることは明白だ。
「いや、私は――」
「あっ、いやっ、いいんですいいんです! タネを聞くわけにはいきませんから!!」
 両手をぶんぶん振るヒトの子は、まだ瞳を輝かせたままだ。私が訂正したいのはそういうことではないのだが。
「いやだから――」
「いいですいいです! 自分で考えてみます!!」
 ついに耳を塞いでしまった。呆れてため息をつくと、掌から蝶が飛び立っていく。
「おい、ヒトの子」
「タネを見破ったりするの得意じゃないので、他言とかしませんよ!」
 ヒトの子が耳を塞いだまま話を聞こうとしないので、無理やりその両手を退かす。
「おい、家に帰りたかったら聞け」
「えっ、はい?」
 驚いたような、困惑しているような不思議な表情を浮かべるヒトの子に構わず、言葉を続けた。
「あの式がお前をヒトが通るべき道まで案内してくれるから見失うな、今すぐについていけ」
「え?」
 間抜けな返事を聞いている間にも、蝶はどんどん先へ行ってしまう。
「行け!」
「は、はいっ」
 蝶が飛んでいく方向を指差しながらそう言うと、ヒトの子は慌ててその後をついて茂みの中へ入っていく。その後姿に、もうひとつ大きなため息をついた。
「あ、あの!」
 大きな声に驚いて顔をあげると、後ろ向きで走りながら、ヒトの子が手を振っていた。
「ありがとうございます! また来ます!」
 前を見ていない間に蝶を見失って、またこの森を迷われても困るので手を振り返すと、遠くからでも分かる眩しい笑顔を浮かべて、前に向き返った。
 静かだった森を賑やかしたヒトの子が去ると、遠巻きに様子を見ていたモノたちの気配をより強く感じた。なんだかどっと疲れて、木の幹にもたれかかりながら地面に座り込む。ヒトの子と接することは、こんなにも疲れることだっただろうか。物思いにふけりながら空を見上げて、瞼を閉じる。1つ2つとゆっくり大きな呼吸を繰り返していると、ささやき合うモノたちの声が耳についた。
「主様がヒトの子と話していたぞ」
「うるさいヒトの子だったわね」
「でも主様、楽しそうにしていたなぁ」
 彼らには私が楽しそうに見えたか。ちっとも楽しいと思えなかった私は、頬が引きつるのを感じる。
「また来るって言っていたわね」
「また来るって言っていたな」
「また来てくれるなら、主様も喜ぶだろうなぁ」
 そうか、あのヒトの子はまた来るのか。今度は迷わないよう――。
「ん?」
 また、来る?
 聞き捨てならない言葉にむくっと起き上がり、声のする方へ行ってみると、私の膝丈あたりの背の小さなモノが3人、立ち話をしていた。1人は1つ目、1人は迫力のない2本角、1人はのっぺりとした面をつけた小妖だった。
 3人を覆う私の影に、彼らはパッと顔を上げて、同時に嬉しそうな声を上げた。
「主様!」
「話の途中ですまないが、ちょっといいか?」
「えぇえぇ、どうぞどうぞ」
 1つ目がそう言いながらニカッと笑うと、尖った2本の牙がきらりと光った。
「さっきの話は本当か?」
「さっきの話?」
 1つ目は首をかしげる。
「先月の落雷で倒れた木から沸いた酒が美味という話?」
 2本角の話も興味はあるが、それではない。
「おそらく、もっと前の話だ」
「では、ヒトの祭りが近々あるという話ですか?」
 面も1つ目のように首をかしげた。
「いや、違う。ついさっきまでヒトの子がいただろう」
「あぁ、主様に話しかけていたヒトの子ですか」
「なるほど、騒がしいヒトの子のことですか」
「あー、主様が楽しそうに話していたヒトの子ですか」
 3種3様の言葉に苦笑いしながら頷く。
「そのヒトの子は、本当にまた来ると言っていたのか?」
「はい、また話せますよ、よかったですね!」
「よくないでしょう、また騒がしくなるわ」
「でも主様、楽しそうでしたよ?」
 「楽しそうだった」という言葉にどう返そうか悩んでいる間に、3人での会話が盛り上がり始めていた。聞きたいことは聞けたから、この場から離れよう。
「ありがとう、話の邪魔をして悪かったな」
「いえいえ、主様のためならば!」
「ふふふ、ありがとう」
「主様が笑ったぞ!」
「主様が笑ってくれたわ!」
「主様が笑ったー!」
 終始嬉しそうで、楽しそうな声に手を振り、その場を後にした。
「……ココに来たのは迷っていたからだ、戻ることはないだろう」
 そう呟いて、寝床にしている桜の老木がある方へ歩みを進めた。



 前に聞いた落雷で折れた木から沸いた酒が本当に美味いと噂が広がり、酒を独り占めしようとしたり、森ごと奪おうとしてくる輩の対処に終われ、私は精神的にも肉体的にも疲れ果てていた。そんな日々に、あの日の記憶が消えかかってきた頃だ。
「あのー、すみませーん! 手品師さんいませんかー!」
 と、勘違いしたまま別れたヒトの子の声を聞いたのは。
 数日前に、やっとの思いで隣町の山を統べる主を追い返したばかりの私は、そのとき傍にあった適当な木に背中を預けて、その精気を少しずつもらい休んでいた。何日もの間私の姿が見当たらず、不安がった小妖たちが探しに来て、疲れ果てた私を見つけたのは今よりほんの少し前のことだ。
「ぬ、主様ぁ、どうしよう!」
「隠れましょう、主様!」
「で、でも、主様は動けませんよね?」
 わたわたと慌てふためく3人の姿が微笑ましい。だが今は、そんな悠長なことを思っている場合じゃない。
「……あのヒトの子は、お前たちが見えるかもしれないから、どこかに隠れていなさい」
 私がそういうと、大きな瞳いっぱいに涙を浮かべて、1つ目が不安そうな声で言う。
「ですが主様、このままでは主様が見つかってしまうかもしれません……」
「これ以上主様のご負担を増やすわけには行きませんわ」
 その言葉にうんうんと頷きながら、2本角も不安そうにしている。
「で、できないかもしれないけど、我らで追い払いましょうか?」
 勇ましい言葉とは裏腹に、震える声で面が言うが、私は首を横に振った。
「気持ちは嬉しいが、この森を怖いところだと思って欲しくはないのだ。だから、勝手に帰るまで放っておこう」
 さぁ、だからお行き。出来るだけ優しく、諭すように言うと、3人は何度も何度も振り返りながら、茂みの中に消えていった。
 あとはひたすら、見つからないことを願うだけか。一度閉じた重たい瞼を押し上げることも出来ずに、足音が遠くなることを祈っていると、残念なことにそれは少しずつ、確かに少しずつ近付いてきていた。
「あっ」
 嬉しそうな声があがる。ふぅーっと長いため息を吐いている間に、とととっとかけてくる音がすると、それは私の後ろ辺りでピタリと止まった。
「あのぅ……?」
 遠慮がちな声が、キラキラした光の粒と共に降り注ぐ。柔らかな温かさに、目を開けてしまいそうになったが、このまま眠っているフリをしてやりすごそう。そう心に決めて、規則正しい呼吸を繰り返す。
 さくっさくっと地面を踏む音がしっかり聞こえてくるほど、ゆっくりとした足音は私の前で止まり、ふわっと古い記憶を呼び覚ます花が香る。
「……!」
 フジの、花だ。風に揺れる葉のように去っていった、春の花の香りがする。
『こんにちは、――』
 柔らかい声音が、私を呼ぶ。切り揃えられた短い茶色の細い髪が風にさらわれ、ほんのり赤く染まる頬を撫でる。こげ茶の瞳に返事をすると、本物の笑顔を浮かべた。あの頃と変わらない優しい甘い香りに誘われるように目を開けると、驚きで目を真ん丸くするヒトの子が、記憶を現実に塗り替えた。
「こ、こんにちはっ」
「……こんにちは」
 私と視線を合わせるように、膝を抱えて座るヒトの子は、嬉しそうに口元を緩める。
「この前はありがとうございます、おかげでちゃんと家に帰れました! あのチョウチョすごいですねぇ。道に出た途端、普通の葉っぱに戻っちゃったから驚きましたけど、それ以上にちゃんと道路に連れてってくれたのに驚きましたよ~。あ、そうだ! 結局、どんなタネか分からないままだったんですけど、これ」
 ぺらぺらとよくしゃべる口だなぁと思っていたら、突然手をとられ、その掌に一枚の葉がそっと乗せられた。
「あたし、ぽかーんとしちゃって、葉っぱが道路に落ちるまで眺めてたので、これがそのときのチョウチョだとは限らないんですけど、返した方がいいかなぁって思ったので拾っておいたんです」
 照れくさそうに鼻の頭をかきながらそういうと、はっとして握っていた私の手を離した。
「どうせただの葉だ、放っておけばよかったのに」
「えへへ、ですよねぇ。でも、返したいなぁって思ったんですよね」
 へへへと少し変わった笑い方をするヒトの子に釣られるようにして、ふふっと笑ってしまった。本当におかしなヤツだ。
 ふと、心の奥底をぎゅっと掴まれるような感覚に、溢れ出しそうになる記憶を封じ込める。このヒトの子と、あのヒトの子は違う。ただ、似た香りを懐かしく想っただけだ。ただただ懐かしいと、思っただけだ。
「ど、どうかしました?」
 私の顔を心配そうに覗き込んでくるヒトの子と、不安げにしていた小妖たちが重なった。うっかり目を開けてしまった私を、どこからか見守っている彼らがあたふたしている姿を思い浮かべて微笑んだ。
「いや、なんでもない」
「最初に声をかけたとき寝てたみたいですし、もしかしてあたし、お昼寝の邪魔しちゃいました?」
「あぁ、まあ……」
 否定も肯定もできない気がして、あいまいな返事を返すと、ヒトの子は申し訳なさそうに眉を下げた。
「ご、ご、ごめんなさい。迷ってしまうほど広い森で、また会えたのが嬉しくて」
 視線を下げたヒトの子の頭を撫でるように、そよそよと風が流れていく。風に先を越されたが、「謝らなくてもいい、会いに来てくれてありがとう」と撫でようとあげた腕を、がしっと掴まれた。
「……今度はなんだ?」
 ヒトの子は、じぃっと私の手をみつめたまま返事もしなければ、動きもしなかった。手を振り払おうとしてもピクリともしない。私の力がそれほどまでに弱まっているのか、思っているよりヒトの子の力が強いのかも分からない。
「おい」
「……が」
「なんだ、よく聞こえないのだが」
「とても、痛そう」
 一言一言に力がなく、消え入るような言葉が空気に溶ける。もう一度声をかけようとしたとき、ぐいっと強く腕を引かれ、ヒトの子の顔が間近に迫った。
「お、おい! なにをする!」
「ここも、ここにも」
 驚いて声を上げたが、ヒトの子の耳にはまったく届いていないらしい。腕を掴んでいない方の手で顎をつままれ、なされるがままに右や左に向かされた。やはり力が戻りきっておらず、抵抗しても意味がなかった。気が済んだのか、腕と顎から手を離してもらえた。だが、そろりそろりと下がっていくヒトの子の視線に嫌な予感がした。
 寝床に帰らなかったのではなく、帰れなかったからここで休んでいた。山の主がどうやったのかは分からなかったが、右足を大きく穢され、動かそうとするだけで、引き裂かれるような痛みに襲われるからだ。
 今はもうあのときのような強烈な痛みはないが、まだ刺されるような痛みがあったので、動けずにいた。その穢れがヒトの子の瞳に映ったら、どう見えるのだろうか。強まる予感に背筋が震えて、はだけた裾に手を伸ばすと、その腕をまた掴まれてしまった。
「なにが、あったんですか?」
 震える小さな声に反するように、握られた腕に力がこもり、痛みに顔をしかめる。ぎゅっと下唇を噛み締めるその姿に、ただならぬ雰囲気を感じて、いぶかしげにヒトの子の顔を睨んだ。
「お前、本当にあのときのヒトの子か?」
 言葉は返ってこなかったが、まっすぐな紫黒の瞳が私を射抜いた。
「……あたしはこっちに越して来たばかりで、クラスにもまだなじめてないし、道もよく分からなくて森で迷ってしまったら、着物に羽織を着た男の人に会ったんです。どこか痛そうに笑う人でしたが、とても優しい人でした」
 そこまで言い終えると、しばらく口をつぐんだ。何度か深呼吸を繰り返し、再び口を開く。
「優しさを返せたらいいなって思ったんです。また会えたらいいなって、今度はもっと話してみたくて。何日か捜し歩いて、やっとみつけて……。そしたらその人は、こんな大怪我してて、頭の中が大混乱中です」
 困ったように笑うヒトの子が、あんまりにも眩しくて目を細める。あぁ、あぁどうしてこんなに、こんなにもヒトは温かい。
「助けたいんですけど、どうしたらいいんですかね?」
『人でもそうじゃなくても、困っているから、手を差し伸べるの』
 あのヒトの子も言っていた。言葉は違うが、同じようなことを、似たような顔で。
「……こうして休んでいれば、じきに治る。心配は要らない」
 だが、あの時のようにその手をとれば、きっと痛みは増すだろう。何をしてもなかなか治らない傷が、じくじくと痛むのだろう。
「そう、ですか」
 腕を握ったまま顔を伏せるヒトの子に、少し申し訳なく思っていると、バッとあげられた顔がいたずらっぽい光を宿した瞳でニヤリと笑っていた。
「なんて言いませんからね!」
 その細腕にどんな力があるのか。いや、こいつは本当はヒトの子を被った何かで、私をこの森から追い出すつもりなのではないか? そうだ、山の主は本当に諦めた様子ではなかった。ヒトに化けて、ヒトに甘い私を罠に嵌め、この森を奪うつもりなのだろう。そうでなければ、こんな華奢な体躯の者に無理やり立たされるなどありえない。
「病院に行きますよ! あたしは頼りなくてもお医者様ならカンペキです!!」
 ニコニコと微笑むヒトの子に、恐ろしい力でぐいぐいと引っ張られ、半ば引きずられるようにヒトの道があるほうへ連れて行かれる。
「そのオイシャ様とやらに、私の姿が見えれば、だがな……ッ!」
 右足の痛みに思わず声を上げそうになり、ぎゅっと唇を噛み締めて声を殺す。あぁもう、私はヒトではないのに。
「おい、おい待ってくれ」
「待ちませんよ、悪化したら大変そうですし」
 こうして無理やり引っ張られる方が悪化しそうなのだが、ヒトは違うのだろうか……。
「新しい手品のネタでも作ってたんですか? あんまり無理はよくないと思いますよ?」
 だから、テジナとはなんなのだ。振り返りもしない頭を睨みつける。
「何度も言っているだろ、私はヒトではない」
 ピタリと止まり、ヒトの子がこちらを見る。やっと理解してくれたのかと思ったが、私を頭からつま先まで何往復か見ると、ひとつ頷いて前を向き直って歩き出す。
「お、おい! 私は――」
「どこからどう見ても人ですね。人じゃないものって言ったらほら、角とか足がなかったりとかするものじゃないですか?」
「で、では、角を生やすようにしよう。それで認めてくれるな?」
 後ろを歩いていてもはっきり聞こえてくるくらい、大きなため息が聞こえた。
「また手品ですか……。もしかして、病院が嫌いなんですか?」
 私はヒトの瞳に映る事の方が珍しいのに、嫌いも何もないだろう。
 もう何を言っても無駄な気がする。このまま大人しくヒトの街までついて行って、他者に私が見えないことを分からせた方が早いかもしれない。そう思ってからは足の痛みに耐えつつ、黙ってヒトの子の後をついていった。
 森を抜け、いやに硬い道を歩かされ、痛みを堪えるのも辛くなってきたとき、ヒトの子が不意に立ち止まった。
「そういえば手品師さん、お金持ってます?」
「……そんなもの、わたしが、もっているわけ、ないだろう?」
「きゅ、急に連れ出してしまったからですよね、す、すみません!」
 それ以前の問題なのだが、言い返す気力もない。
「あの、顔色が優れないみたいですけど……大丈夫ですか?」
「だいじょうぶでは、ないな」
「もう少しゆっくり歩けばよかったですね……」
「あのまま、ほうっておけば、よかったのだ」
 もう立っているのも辛くなって、その場にへたり込むと、背後から声がした。
「あれ、すみれじゃん。こんなとこで何してんの?」
「えっ、あっ、勢多さん」
 ちとせって呼んでよ、と笑いかけるヒトの子は、大きな袋を抱えて立っていた。
「で、何してんの?」
「この人を病院まで連れて行ってあげようと思って」
「ふ~ん?」
 チトセと言う名のヒトの子は、きょろきょろと辺りを見回した。一瞬目があったような気がして、嫌な汗が背筋を伝う。
「んー、はぐれたの?」
「え?」
「今度は病人さんが迷子?」
「え、いや、ココに……」
 スミレと言うらしい強引なヒトの子は、まっすぐに私を見る。その視線を追って、チトセも視線を下げるが、首をかしげる。
「どこに?」
 良かった、このヒトの子には私が見えていないらしい。今までぎゅっと握られていた腕から、するすると指がほどけていく。あぁ、やっと理解したか。
「だから、言ったであろう。私は、ヒトではないと」
 ぐっと足に力を入れ、ふらふらしながら立ち上がり、スミレと向かい合う。くるりと振り返り、目の前にいるのに目線のあわないチトセの横を抜け、森への道を引き返していく。
「あ……、ま、待って!」
「そのヒトの子に、私は見えていない。あまり妙な行動は、しないほうがいいぞ」
 そう言って、振り返りもせず歩みを進めた。
 やっとの思いで森の奥深くまで戻ってくると、森に住むモノたちが私の後をついてきていた。遠巻きに心配そうなささやき声が聞こえてくる。治ってきていたと思ったが、無理をして動いたせいか、右足はもうほとんど動かせない。痛みはないが、感覚もない。これではしばらく森を守るのは難しいだろう。
「ぬ、主様……?」
 弱々しい声音に歩みを止めると、いつもの3人が木の影からこちらを見ていた。
「どうした?」
 言葉を返すと、3人は影に隠れてしまう。何かこそこそ話し合うと、1つ目が顔を出した。
「ぬ、ぬ、主様は、悪しきモノになってしまうのですか?」
 思わぬことに返事を返せずにいると、2本角も顔を出す。
「清い気配が弱まっていると、わっちらにも分かるので……」
「あぁ……、穢れをもらったせいか」
 力の弱い彼らでさえも、私の力が弱まり、悪い方へ傾いていると感じているなら、彼らより力の強いモノたちも怯えているのだろう。
「大丈夫だ、私は悪には染まらぬ」
「ほ、本当ですか?」
 最後に顔を出した面が、今にも泣きそうな声で言うので、安心させるように微笑んだ。
「沢で穢れが薄くなるまで洗ってから、桜の木で休んでいれば、良くなるだろう」
 3人は再び木の影に隠れてこそこそと話し合う。その声を掻き消すような、大きな声が響き渡った。
「で、では! 沢までお供いたします!!」
「またヒトの子が主様を連れて行かぬよう、お守りいたします!!」
 遠巻きに様子を伺っていたモノたちが、続々と木の影から現れると、あっという間に囲まれてしまった。小さきモノから大きなモノまで、私のためにと動いてくれる。この森に住むモノたちは、やはり何よりも守りたいものだ。
「ふふ、ありがとう」



 あれからどれくらいの時が流れただろう。森のモノたちに見守られながら穢れを落としたあと、しっかりした桜の枝に腰掛け、幹に背中を預けて深い眠りについた。眠る前に、力のあるモノたちにこの森を守るように頼み、力のないモノたちは何か問題があれば起こしに来るよう言っておいたが、何も問題はなかったのだろうか。
 ぼうっとする頭でそんなことを考えながら空を見上げる。淡いピンクの花びらはとうに散ってしまい、初々しい緑が、陽でキラキラ輝いて見えた。深く息を吸って、ゆっくりと吐き出す。露の匂いが混ざった、清々しい初夏の香りだ。
 運動がてら、森の様子を見て回ろう。そう思い、少し勢いをつけて枝から降りる。しっかりと地面を踏みしめる足は痛みも違和感も感じない。よし、ちゃんと治っているな。
「わ、わわわわわっ!?」
 妙な声に顔を上げると、ヒナゲシの花束を抱いたヒトの子が、阿呆面で固まっていた。
「……お前は!」
 肩までの黒髪、ズレたメガネの奥の紫黒の瞳、よれよれのカバンと学生服。間違いなく強引なヒトの子だ。一番最後の記憶があまりいいものではないので、なんとなく距離をとる。ヒトの子は間抜けな顔のまま、魚のように口をぱくぱくするだけで、なかなか言葉が出てこない。その言葉を待つ気もなかったので、突き放すように言葉を吐いた。
「何をしに来た、ここはお前が居て良い場所ではないぞ」
「……! そ、そうかもしれないんですけど、そのっ……えっと……」
 私の言葉から自分の身を守るようにぎゅっと腕に力をこめるので、折角綺麗に咲いているヒナゲシが苦しそうに茎を曲げる。
 それにしても、このヒトの子は私を見るが、そんなに力はないはず。それなのに、私の寝床にたどり着けるのはおかしい。思っていたより力があるのかもしれないが、そう簡単に近寄れる場所ではないから、森を護る力が弱まっているのか? 木々が元気なので不思議に思わなかったが、森のモノの気配がほとんどしない。何か起こっているのなら、早急に対処しなくては。
「森のモノの気配が薄い。良くないモノも入ってきているだろうから、とっととヒトの街へ帰れ」
 そう冷たく言って、背中を向けて歩き出す。一番近くに感じる気配のほうへ行ってみよう。
「ま、待ってくださ……!」
「ついて来ない方がいい」
 振り返りもせずに言葉を吐き捨て、気配に集中する。この方角は、例の酒があるか。嫌な予感に歩調が速くなる。おそらく、一番強い気配はこの森のモノではない。そのせいであまり感じ取れないが、馴染みある気配を点々と感じる。弱っているのなら助けてやりたいが、彼らを弱らせる元を先に断ちたい。
 鬱蒼と生い茂る木々を抜けた先、四季折々の花々が咲く、穏やかな丘にあった大木に落ちた雷は、酒と良くないモノをこの森に与えた。草花は太陽を見上げず、どこか冷たく感じる空気はピンと張り詰めた緊張感がある。足の裏に感じる地面も湿っぽく、あの心地よい丘の面影はどこにもなかった。
 すっと見上げた先に、折れた大木に巻きつく白い大蛇の姿があった。この間追い返した隣山の主だ。私に気づいた山の主は、ケケケと耳障りな笑い声を上げる。
「おぉおぉ、これはこれは。美酒の森の主様じゃぁありませんか」
「……桜雲の森だ、そんな名ではない」
「ふむ、そんな名だったかねぇ」
 山の主がぐぐぐっと大きな頭をもたげると、地面に大きな影を作り、私を見下げた。
「一滴の酒も飲ませてもらえず追い返されたと思えば、『酒はもう枯れた』などという噂を耳にしてなぁ。確かめに来て見ればどうだ、まだこんこんと湧いているではないか」
 ケケッと嗤うと、折れた木に頭を突っ込み、ごくごくと喉を鳴らした。
 噂はきっと森のモノたちが流したものだろう。森を訪れるモノを減らしたかったのだろうが、こういう疑い深いモノたちには逆効果だ。
「……その顔を見るに、もう十分に酒は飲んだはずだ。そろそろお帰り願えるか?」
 山の主は、口元から酒をたらしながら頭を上げる。そのうつろな瞳に、寒気を覚えた。
「十分? そうさなぁ、十分飲んだやもしれぬ」
 うんうんと頷くように頭を上下させると、その巨体をずるずると引きずって大木から離れる。山の主はニタニタと嫌な笑みを浮かべて、私を見下ろした。もしかしたら素直に帰ってくれるかもしれないとも思ったが、やはりそう簡単にはいかないようだ。
「うむうむ、たしかにもう十分だ。これ以上は飲めん。だが、こんな美味い酒を楽しんだのに、誰にも言えないとは辛いものだなぁ。とうに枯れた酒なのだからなぁ」
「……」
「もし酒がまだあるとしたら、噂が嘘だと知れたら、……ケケケッ、どうだろうねぇ」
 本当にこんなヤツが山の主をやっているのかと思うと、山に住まうモノたちを哀れに思う。
「森のモノたちが浅はかな真似をしたことは詫びよう」
「ほうほう、詫びを? それなら、この森をいただこうかえ」
「それは、出来ません」
「ならばこの酒だけでも良いぞ」
「それも出来ません。森のモノたちが貴方を恐れて住処に近づけぬ」
「あれもだめこれもだめとは、本当に詫びるつもりはあるのか?」
 あるわけなかろう。と、本音が口から飛び出そうになり、ぎゅっと唇を噛み締めた。
「……所望するものが対等ではないと思うので」
「噂が嘘だと言い回られるのと、ワシがこの森を治めるのと、対等ではないと申すか」
「えぇ、対等どころか損しかない」
 ばっさり言って捨てると、怒りに震えた山の主が、大きな尻尾をムチのように振るい、バシンと地面を叩いた。ひび割れた大地の悲鳴と、押しつぶされた草花の泣き声を聞いた気がする。慈しむべきものを卑下する態度に、我慢が出来なくなった。
「……周りを良く見てみろ、邪悪な白蛇よ。草花は首をもたげ、地は悲しみに濡れ、風も歌わない。山の主ともあろうお方が、美味い酒を独り占めにし、下のモノに分け与えもしない! それが山を統べるモノの態度か!」
「何をぬかすか! ワシがクズどもを蹴散らしている間に、ぐうぐうと眠っておったのはどこのどいつじゃ!」
「優しい彼らのことだ、疲れ果てた私を気遣い、起こそうとしなかったのだろう」
「ワシにお主では叶わぬと分かっていたから起こさなかったのではないか? 森に入ろうとしたとき、羽虫が何か喚いておったが、気のせいだったようだしなぁ。さっきまで傍にあった微弱な気配もどこかへ行ってしまったぞ。力なきモノは皆そうじゃ、口先だけは立派で本当は何も出来ない臆病者だからのぅ」
 ケラケラと嗤う山の主を睨みあげる。この森のモノたちは、たしかに力は強くない。束になってかかっても、到底歯が立たない。だが、力がない代わりに、互いを思い合う清い心を持っている。それは何よりも尊いものだ。
「……森のモノたちを愚弄することは許さん」
「愚弄じゃと? いやいや、勇気ある撤退だったと褒めているのだよ」
 本当に、どこまでも嫌な主だ。ここまでくると逆に清々しく感じる。
「さあ、美酒の森をワシに寄こしてしまえ。さすればすべて――」
「何度も言わせるな、悪しき白蛇よ。己の事しか考えられぬちっぽけな頭に刻みつけろ」
「何を!?」
 体の中で、何かが湧き上がってくるのを感じる。怒りに似たこの感情は、ただの憎悪だろうか。ふつふつと確かに湧き上がってくるこの力は、そんな小汚いものなのだろうか。私は何のために声を上げ、誰を護りたくてここにいるんだ。深い深い心の奥底に眠らせていたものは、憎悪なんて言葉で表していいものではない。私が護る理由、それは――。
 気がついて、自傷じみた笑みが勝手にこぼれる。湧き上がる想いは温かく、尽きることがない。嗚呼、募り募った想いよ、これほどまでに想った方も、今ここにいないのだな。
「我が恋慕するは、咲き誇る花火の如く、散りゆく夢の如く、光あふるる春を告げる者なり。かつて、その姿が空を包みこむ雲のようだったことから、こう呼ばれるようになったのだ。桜雲の森とな」
 大切な人が愛した森は、その名は、これ以上穢さない。
「ハッ、だから何だと申す。いまやありふれたただの森ではないか」
「……私は、たとえたった1本になろうとも、懸命に花開く桜を誇りに思う」
 たった一時の幸せのために、人々の笑顔のために、彼女は咲かせ続ける。朽ち果てその身が倒れるまで、刹那を何度でも繰り返す。
「お前にそういうものはないのだろうな。竜になりそこなった、力だけしか持たぬ蛇よ」
 嘲笑うように言うと、脳なき山の主はぐっと体を起こして私を見下げた。
「大人しく聞いていれば、次から次へと減らず口を叩きおって。……若き森の小さな主よ、今頭を垂れればすべて許そう。断れば……」
 山の主は大きく口を開け、私の身の丈ほどの牙を見せる。その牙からじわじわと染み出した物が滴り落ちると、じゅっと地面を焦がした。仮にも山に住むモノが母なる大地に牙を向けるなんて、無礼にもほどがある。そこに息づく小さな命の尊さも分からないのか。威嚇してくる山の主を無視して、焦げた地面の前に跪き、右手をかざして目を閉じた。
「そんな脅しに屈するほど、愚かな主ではない」
 右手で空を撫でるように動かしながら念を送ると、焦げた地面は生命を取り戻す。小さな芽吹きに微笑んで、ずっと上にある紅い瞳を睨みつけた。
「私はこの森を護る者。森に仇なすモノに、礼儀は必要ないと心得る」
「まだそんな戯れ言を――!」
 汚い感情に顔を歪めた山の主は突然口をつぐむと、不気味な笑みを浮かべる。その凍るような視線は私を通り越して、この場にいてはいけないモノを見据え、さらに笑みを深めた。
「おやおや、贄が自ら歩いてきおったぞ?」
「!」
 バッと後ろを振り返ると、ぎゅっと花束を抱きしめたまま動きを封じられた獲物がいた。大きく見開かれた紫黒の瞳も私を通り越し、恐怖の色を浮かべて揺らいでいた。
「ついて来るなと言ったはずだ!」
 私の声に我に返ったヒトの子は、潤んだ瞳でまっすぐに私を見た。なかなか言葉に出来ずに唇を震わせていたが、一度ぎゅっと口を閉じると、酷く震えた声で言葉を紡ぎだす。
「だ、って、……あた、あたしまだ、あなたに言ってないの」
 堪えきれない感情が、ぽろっと零れ落ちた。それを合図に、言葉も次々と溢れ出す。
「あやまり、たかったの。元気になってほしいって、そんな顔して欲しかったんじゃなくて、ごめんなさいって、ずっとずっと……」
 嗚咽を抑えるように噛み締める下唇が白く染まる。ほのかに赤く色づいた頬に、優しい筋が何度伝っていく。その綺麗な感情は、私にはもったいない、私なんかに向けていいものじゃない。それを拭ってやる資格も、寄り添う覚悟も、私にはないのだから。
「……分かった、分かったからもう泣くな」
『ねぇ、どこにいるの? ……お願いだから姿を見せて、声を聴かせて――』
「ごめん、なさい……」
 寂しそうな声音に、ぎゅうっと心をわしづかみにされたようだ。どうしてヒトの子は、私の心を掻き乱す。
 記憶の中の声を掻き消すように頭を振って、拳を握り締めた。今は、物思いにふけっている場合ではない。
「今度こそそこでじっとしていろよ?」
 ささやくような私の声に、ヒトの子はコクンと頷いた。
「……山の主よ、もう一度言う。お前の住処へ帰ってくれ」
「ハッ! 散々貶されて、詫びもなく帰れと?」
 ひとつ呼吸を置いて振り返り、再び山の主と向き直った。
「それはこちらも同じこと。……いや、それ以上に貶されたが」
「つべこべ言わずにその贄を差し出せ。さすれば今回のことは不問に期す」
 もうどんなに言っても無駄なようだ。言えば言った分以上に言葉が返ってくる。これではずぶずぶと泥沼に沈んでいくだけだ。
 ヒトの住む街にも、森にも影響を及ぼすから使いたくなかったのだが、最後の奥の手といこう。
 目を閉じて、木々の声に耳を澄ます。
「おい、聞いているのか――」
『愛した主が残した若木は、何を悩んでいる』
 荒々しい山の主の声を制するように、凛とした声が頭の中に響く。
『僕は構わない』
『護るべきモノを見失うな』
『我らが主の残した希望の芽が望むなら、その御心のままに』
「……すまない」
 小さな言葉に、木々は「大丈夫だ」とざわざわとその身を揺らした。
「今更謝ったところで、ワシが許すとでも思うたか!」
 地を揺らす怒声が木々の声を掻き消した。ゆっくりと瞼を押し上げ声の主を見上げると、怒りで爛々と輝く紅い瞳がこちらを睨みつけていた。
「もう待てん! この前は妖力尽きて引き返すしかなかったが、虫けらどもを喰らいつくしてでも森ごと酒をいただくぞ!」
「そう慌てるな。先に私が貴様を追い出す」
 ぐわっと大きな口を開いた山の主が、その頭を私へ振り下ろす。後ろに飛びのいてそれを避けると、空に食らいつく牙がガチンと鳴った。背中をちらりと見やると、怯えきったヒトの子と目があった。
「巻き込まれたくなければ私にしがみついていろ」
「はっ、ハイ!」
 背中への体当たりに近い衝撃に少々驚きつつも、腰の辺りに細い腕の震えと温もりを確かに感じて安堵する。もう一度目を閉じて、意識を集中させる。
「本当に、すまない」
 気にするな。そんな声が聞こえた気がした。
「無益な争いは終わりにしよう」
 両腕を目いっぱい広げてから、パンッと打ち鳴らす。
 木々の鼓動に身を任せ、その想いを形へ変えていく。地中を掴む根を指に、逞しい幹を腕に、すべての若葉を刃に。その身を犠牲にしてでも護るべきモノのため、武器となる。
「な、なんだ?」
 山の主の戸惑った声が聞こえる。おそらく、彼の周囲の木々はその形を残していない。その姿を見たヒトの子は、禍々しいと思っただろうか。
 逸れそうになった意識をとどめて、山の主を追い出すことにだけ集中した。のた打ち回って抵抗する体を木の根で押さえつける。噛み千切られても新たな根を伸ばして、少しずつ動ける範囲を減らしていく。妖術ですべて蹴散らされるかと思ったが、そんなこともなく口を塞ぐことまでできた。あとは、酒の湧く木を抜くだけだ。
 何度も何度も謝りながら、その幹に木の根を絡ませぐっと引き抜くと、山の主が悲痛なうめき声を上げた。それをそのまま山の主の体に絡み付けて、拘束を解いた。
「お、お主、なんてことをしてくれたのだ!」
「それが欲しかったのでしょう? 差し上げますので尾引きとりください」
「抜いてしまっては酒は湧かぬ!」
「その酒はすでに枯れているのです。湧かなくて当然では?」
「ぬぅ……!」
 不機嫌そうに振られる尻尾が、ばしばしと地面に叩きつけられる。
「欲しいと言ったのは貴方だ、これ以上ここにいる理由はないはず」
 山の主と私の間に入り込んだ木々のさわさわと揺れる葉が、不気味にきらめく。一瞬怯んだように見えた山の主だったが、体をバネのようにして反動をつけると、思い切り突っ込んできた。
「ギャアアア!!」
 だが、幾重にも重なった幹と棘のように鋭くなった葉に阻まれ、無闇に自分の体を傷つけただけだった。真っ白だった体に、斑点模様のような赤い傷がそこらじゅうに広がる。
「くそう、くそう!」
「去るがいい、森に災いをもたらす者よ」
「おのれ、忌々しき森の主よ! この仮は必ず、必ず返すぞ!!」
 痛みと怒りに体を震わせながら、山の主は光の粒になって風に乗り消えていった。目を開けると、無残な姿に成り果てた幹と、バラバラに散らばった木の根が横たわっていた。森を護るためとはいえ、やはり木々たちを利用するのは胸が痛む。
『お前は悪くない』
『心からの感謝を』
 木々の優しい声が、私を励ますように頭の中に響き渡ると、静かに消えていく。
「……ありがとう」
 ぽつりと呟いて、はっと思い出す。腰の辺りに手を当てると、びくとも動かない強情な腕がまだ絡みついていた。
「終わったぞ」
「……」
「おい、ヒトの子。もう大丈夫だ」
 返事がなく心配に思うが、ヒトの子がしがみついたままなので身動きがとれず、後ろを確認することも出来ない。組み合わさった指を解こうにも、まるで石膏で出来ているかのように固く、歩いて見ようにも、ヒトの子の足が木の根になったのか前にも後ろにも進めない。もしも山の主が木の壁を壊していたらと思うと、少しぞっとした。
 はぁ、と深くため息をついて、できるだけ優しい声を出してみた。
「……山の主は去った、もう安心していいから、この腕を放してくれ」
「い、イヤです!!」
 やっとあった返事が拒絶で、眉根を寄せる。
「脅威はもうない」
「そ、そのようですね」
「分かってるならとっとと放せ」
「お断りします!」
 山の主のように厄介なヒトの子だ。片手で頭を抱えてため息をついたとき、ヒトの子が何か言ったような気がした。
「なんだ?」
「……ダメです」
「だから何がだ」
「この手を放したら、きっと手品師さんはいなくなってしまうから、ダメです」
 いなくなる、か。それは私よりヒトの子のほうが相応しい言葉じゃないだろうか。私には枯れ逝く花を見送ることしか出来ない。
「私は、いなくならないよ」
 共に散ることを許されないこの花は、いつになったら枯れるのだろうか。
「そうやってまた悲しそうな声で言うから、余計放せないんですけどね」
 今回は特別ですと言って、ヒトの子は細い指をするすると解いた。やっと解放された私が振り向くと、彼女はくたくたになったヒナゲシの花束を拾い上げ、大事そうに抱える。
「傷は見えないけど、とても痛そうだったから、その……ぼろぼろになっちゃいましたけど、お見舞いです」
 少し困ったような笑顔で、ヒトの子はそれを私に差し出した。紐で纏められただけの、赤いヒナゲシの花束。抱きしめられたり落とされたりと散々な目にあったが、花は綺麗に咲いている。
「あたしが治してあげることはできないみたいですけど、いつか必ず傷は癒えます。大丈夫」
 その言葉に、体がふわっと浮き上がるような感覚を覚えた。嫌じゃないその感覚はとても優しく、私を包み込んでしまう。
『そんな悲しそうな顔をしないで』
 柔らかい手が頭を撫でる。
『散ってしまっても平気よ、次の春を待つわ』
 弾む声が、穏やかな笑顔が。
『何度季節を巡っても、必ず私は咲くわ。大丈夫』
 どうして今頃、溢れ出す。あの方の想いが痛い。このヒトの子の想いが苦しい。
「傷が治ったとき、あたしはいないかもしれませんが、笑ってください」
 差し出された腕に、恐る恐る手を伸ばす。触れたら、夢から醒めてしまうかもしれない。それでも私は、優しさに手を伸ばしてしまう。指先に触れた茎は冷たいのに、温かさを感じる。受け取った花束は消えることなく、しっかりと私の腕の中に納まった。
『だから笑って、ユスラウメ。貴方の笑顔で、私は何度でも咲くから』
 大切な思い出ごと閉じていた蕾が、ゆっくりと花開くと、胸の中で温かさが広がっていく。
「……ありがとう。ありがとう、ヒトの子」
「うふふ、どういたしまして」
 冬の終わりを告げた花は、雨に降られながらも上を向いていた。



 夜空に人工的な光が揺れ、太鼓の音と活気溢れるヒトの声が飛び交う。木々の匂いを消し去る煙の臭いが、私は苦手だ。しかし、こうして祭りで賑わう森は嫌いじゃない。その賑わいから少し離れたところで、私はヒトの子と流れる人波を眺めていた。
「あの社には神も主もいないのに、毎年必ず祭りを催すヒトは、本当に律儀だな」
「ふぇっ、ほうなんれふか?」
「口に物を詰めたまま話すな、汚い」
 隣に腰掛けるヒトの子は、屋台からあれやこれやと買ってきたが、私も食べるものだと思っていたらしく、大量に買ってしまった食べ物の処理で忙しい。確かさっきオコノミヤキとタコヤキを食べて、今はヤキソバと言うものを食べている。残りはワタアメとリンゴアメ、ほとんど水になっているカキゴオリが2つだ。
 別にヒトの食べ物を食べてはいけないとか、食べられない理由はないのだが、壮絶な顔をするヒトの子が面白いので何も言わなかった。
「……オッケーです飲み込みました。で、神社に何もいないって本当ですか?」
「元々祀られていたキツネは『飽きた』と出て行ったらしいな」
「あ、あき……」
 これも冗談だが、間抜けな表情が面白いので黙っておく。
 ただ、社に今何もいないのは事実だ。いるべきお方は、あの桜の老木の中で眠りについている。いつか目覚めるかもしれないし、これからも眠り続けるかもしれない。
「……ん? でも『主様』って呼ばれてますよね?」
「あぁ、あれは勝手に呼び出したのだ。本来なら私なんかが主なんて恐れ多い」
 誰が言い出したか記憶にないが、気がついたら主様と呼ばれるようになっていた。最初の頃は否定していたが、それは「桜様」だったか。古い記憶は霞んでいてはっきりとしないが、私は櫻で、あの方ではない。もちろん、代わりでもない。ただの櫻の精で、仲間も代わりもたくさんいる。
「そんなことないですよ。ちゃんと護ってくれてますし、みんなの誇りの主様ですよ」
 ニコニコ笑いながらヒトの子がそんなことを言う。なんだか照れくさくなって、手近にあったワタアメを突き出した。
「これでも食っていろ」
「えっ、焼きそばと綿飴は一緒に食べるものじゃないです」
 返そうとする腕を拒むと、ワタアメの影からヒトの子がムスッとした表情を覗かせた。
「ちょ、ちゃんと食べますから! 責任を持って全部食べますからやめてください!」
「うるさい!」
「あっ、もしかして照れてます? 手品師さん照れてるんですね?」
「それ以上口を開くと、このカキゴオリとやらをその口に押し込むぞ」
 声音を低くしてそういうと、頬を膨らませていたヒトの子は、ぷふっと空気を噴出した。
「……ふへへ」
「おい、何を笑っている」
「楽しそうだなぁって思って」
「そうだな」
 ヒトの子はへらへらと笑いながら、ヤキソバを口に含む。食べるのか笑うのかどちらかにできないのか。
「ほうだ、なまへなんていうんれふか?」
 冷たい視線を向けると、しっかり噛んでから飲み下したヒトの子は、もう一度問う。
「名前、教えてくれませんか?」
「私の名は、――」
 もう怖くない。もう、痛くない。その手に触れられぬ日が来ることも、その名を呼ばれぬことも。必ず花は散る。だが、枯れるわけじゃない。また季節が巡れば花開く、そのときを私は楽しみに待っていよう。
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